見落としがちな日常の価値:ストア派・エピクロス派に学ぶ「今ここ」の喜び
現代社会で見失いがちな「当たり前の幸せ」
現代社会は、常に新しい情報や刺激で溢れています。SNSを開けば、他者の「成功」や「充実した日常」が目に飛び込み、自分自身の現状と比べて落ち込んだり、もっと頑張らなければという焦りを感じたりすることも少なくないでしょう。大きな目標を追いかけ、常に先を見据えている中で、私たちは日々の「当たり前」の中に存在する小さな価値や喜びを見落としがちです。
この「見落とし」は、漠然とした不安や満たされない気持ちにつながることがあります。では、どうすれば日々の生活の中に隠された価値に気づき、心の平穏を見出すことができるのでしょうか。古代ギリシャ・ローマの哲学、特にストア派とエピクロス派の教えは、この現代的な課題に対する有効なヒントを与えてくれます。
エピクロス派に学ぶ「穏やかな快楽」の見つけ方
エピクロス派は、心の平静(アタラクシア)と体の苦痛からの解放(アポニア)を追求することが幸福につながると説きました。ここで言う「快楽」は、刹那的な享楽や豪華なものを手に入れることではなく、むしろ不安や苦痛がない状態、そして日々のシンプルで穏やかな喜びを指します。
エピクロスは、友情や知的な対話、そして質素な食事や安全な環境といった、満たされやすい基本的な欲求に価値を見出すことを重視しました。高価なものや派手なイベントを追い求める必要はなく、むしろそれらはかえって心の平穏を乱す可能性があると考えたのです。
現代の私たちにこれを当てはめると、次のような考え方につながります。
- SNSで見た誰かの豪華な旅行や成功ストーリーに心を乱されるよりも、信頼できる友人とのメッセージのやり取りや、一緒に過ごす穏やかな時間の方が、より確実で持続的な心の満足をもたらす。
- 最新のガジェットやトレンドを追いかけることよりも、美味しく淹れた一杯のコーヒーを味わう時間や、好きな音楽を静かに聴くひとときの方が、心を満たす。
- 多くの「いいね」や称賛を集めることよりも、自分の健康な体、安全に暮らせる場所、水道や電気といった当たり前の便利さに感謝する方が、穏やかな充足感を得られる。
エピクロス派の教えは、外側の派手な刺激ではなく、内側にある穏やかな状態や、身近な人間関係、そして満たされやすい基本的な「良いこと」に意識を向けることの重要性を示唆しています。
ストア派に学ぶ「今ここ」にあるものへの感謝
ストア派は、私たちがコントロールできるのは自分自身の内面(判断、欲望、嫌悪など)だけであり、外部の出来事(他人の評価、仕事の結果、天候など)はコントロールできない領域にあると教えました。そして、コントロールできないことについて悩むのではなく、「今ここ」にある現実を受け入れ、自分自身の内面を徳をもって整えることに集中することが賢明であると説きました。
ストア派の実践の一つに、「持っているもの」に意識を向け、感謝するというものがあります。私たちは失ったものや持っていないものに目を向けがちですが、ストア派は今現在持っているもの――健康、五感、思考力、そして安全な環境や人間関係といった、当たり前だと思っていることの中にこそ価値を見出すべきだと考えました。
例えば、ストア派哲学者のエピクテトスは、自身の著作『エンケイリディオン(手引き)』の中で、物事をあるがままに受け入れ、それに一々心を乱されないこと、そして自分に与えられているものに感謝することの重要性を繰り返し述べています。
これは現代の私たちの生活にどう活かせるでしょうか。
- キャリアの不確実性や将来への不安に心を奪われるのではなく、今与えられている仕事や学びの機会に集中し、そこから最善を引き出す。
- SNSで他者と比較して落ち込むのではなく、自分自身の個性やスキル、そして今日一日を無事に過ごせているという事実に意識的に感謝する。
- 満員電車や予期せぬ遅延といったコントロールできない外部の出来事に苛立つのではなく、その状況を受け入れ、その中で自分がどう考え、どう振る舞うかという、コントロールできる内面に集中する。
ストア派の教えは、「ないもの」を嘆くのではなく、「今ここ」に「あるもの」の価値を認識し、そこに感謝することで、外部の状況に左右されない心の平静を築くことを教えてくれます。
日常の小さな価値を見つけるための実践
ストア派とエピクロス派、二つの哲学は異なるアプローチをとりますが、どちらも「外側の大きな何か」ではなく、「内側や身近にあるもの」に価値を見出すことの重要性を説いています。
日々の生活の中で、見落としがちな小さな価値に気づくために、今日からできる具体的な実践をいくつかご紹介します。
- 感謝のジャーナリング: 一日の終わりに、今日あった小さな「良いこと」を3つ書き出してみましょう。それは「美味しいランチを食べた」「同僚が手伝ってくれた」「信号に一度も引っかからなかった」「静かに本を読む時間があった」など、どんなに些細なことでも構いません。これを続けることで、日常の中にポジティブな側面を見つける習慣が身につきます。
- 意図的な味わい: 何かをする際、意図的に五感を使い、その瞬間を味わってみましょう。食事をするなら味や香りをじっくりと感じる、散歩するなら風の感触や周囲の音に耳を澄ませる。これにより、「今ここ」に意識を集中させ、普段見過ごしている日常のディテールに気づくことができます。
- デジタルデトックスの時間: 意識的にスマホやPCから離れる時間を作りましょう。その時間に、窓の外を眺めたり、静かに呼吸を整えたり、身の回りの片付けをしたりするだけでも、デジタルノイズから解放され、日常の静けさや穏やかさに気づくことができます。
- 「当たり前」を疑う: 普段当たり前だと思っていること(水が使える、安全に通勤できる、家族や友人がいる、健康であるなど)について、もしそれが失われたらどう感じるかを想像してみましょう。その上で、今それが存在することに感謝する練習をします。
まとめ
現代社会のプレッシャーや比較文化の中で、私たちはつい「もっと」「より良く」「より多く」を求め、日々の小さな出来事や身近なものの価値を見落としがちです。
しかし、ストア派やエピクロス派といった古代哲学は、真の心の平穏や充足感は、大きな成功や外部からの評価ではなく、内面や身近な環境にこそ見出されることを教えてくれます。
日々の生活の中で意識的に「今ここ」に目を向け、小さな「良いこと」や「当たり前」に感謝する習慣を取り入れてみてください。それは、現代の生きづらさから解放され、穏やかな心の喜びを見つけるための一歩となるでしょう。